『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
東急不動産消費者契約法違反訴訟を描くノンフィクション
『東急不動産だまし売り裁判』は東急不動産(販売代理・東急リバブル)から不利益事実を隠して問題物件をだまし売りされた消費者(=原告)が消費者契約法に基づき売買契約を取り消し、裁判(東急不動産消費者契約法違反訴訟、東京地裁平成18年8月30日判決、平成17年(ワ)3018号)で売買代金を取り戻した闘いの記録。裁判における当事者と裁判官の緊迫するやり取りを丹念に再現。個人が不誠実な大企業を相手に闘うドラマがある!
裁判と並行して明らかになった耐震強度偽装事件の余波や欠陥施工、管理会社・東急コミュニティーの杜撰な管理にも言及し、深刻度を増すマンション問題の現実を明らかにする。東急不動産のために働いた地上げ屋(近隣対策屋、東急不動産工作員)が暗躍し、住環境を破壊する高層マンション建築紛争と共通するマンション建設の闇に触れる。
hayariki.net新着記事
ゼロゼロ物件詐欺に海外からも厳しい目
ゼロゼロ物件詐欺や追い出し屋という貧困ビジネスによって、不動産業界のコンプライアンスが問われている。近江商人は「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」の理念を掲げて成功した。不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りした東急リバブル東急不動産や賃借人を搾取する貧困ビジネスのゼロゼロ物件業者は近江商人の対極に位置する。在日外国人労働者がゼロゼロ物件業者のターゲットになっていることもあり、海外のメディアからも日本の不動産業界に厳しい目が向けられている。これまで悪徳不動産業者を放置してきたことが業界イメージを下げてきた。宅建業法違反で営業停止処分を受けながらも、処分明けから平然と営業を続けるような悪質なゼロゼロ物件業者を追放できるか、不動産業界の姿勢が問題である。
不動産業界はイノベーションに最適な場所ではない。消費者意識や社会の変化が激しい現代において、不動産業界が今後も存続するためには、宅建業法違反で業務停止処分を受けたような悪質なゼロゼロ物件業者の排除など革新性を高めることが不可欠である。
ゼロゼロ物件の「Yahoo!知恵袋」悪用
ゼロゼロ物件業者がQ&Aサイト「Yahoo!知恵袋」などの口コミサイトを悪用して宣伝目的のやらせ投稿を行っている疑いがある。「○○店を利用された方いらっしゃいますか」というわざとらしい質問に、「少ない費用で済んだ」など業者に都合の良い回答が寄せられている。ネット工作を行う業者の存在も明らかになっている(小林直樹「ヤフー知恵袋で“やらせ”代行業 匿名クチコミの信憑性に暗い影」日経デジタルマーケティング2011年11月4日)。ゼロゼロ物件は賃借人を搾取する貧困ビジネスとして社会問題になっているが、業者の宣伝投稿によってゼロゼロ物件に誤った印象を抱く消費者が出ることが懸念される。消費者としては知恵袋の情報だけを鵜呑みにせず、契約前に不動産業者が宅建業法違反で業務停止処分を受けていないかなどを確認することが望まれる。
『景福宮の秘密コード』東洋のダ・ヴィンチ・コード
本書(イ・ジョンミョン著、裴淵弘訳『景福宮の秘密コード ハングルに秘められた世宗大王の誓い』上下巻、河出書房新社、2011年)は、朝鮮王朝の宮廷を舞台とした歴史小説である。主人公カン・チュユンは下級の司法役人で、宮城で起きた連続殺人事件を捜査する。事件の背後には保守的な儒学者と実用学派の政争があった。中国の冊封体制下で平和を保ったイメージの強い朝鮮であるが、北方遊牧民の襲撃や中国との緊張関係など島国の日本にはない苦労が描かれる。巨大な大国と接していながら独自の民族文化を維持する強かさは賞賛に値する(林田力「中国のプレゼンス増大と日本(5) 強いコリア」PJニュース2010年9月30日)。
『景福宮の秘密コード』はダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』を連想させる。陰陽五行説や魔法陣、王宮の建物に隠された寓意が事件の鍵を握る。『ダ・ヴィンチ・コード』の主人公は象徴学の研究者であったが、『景福宮の秘密コード』の主人公は田舎育ちの無学者で、周囲の学者の教えを受けながら知識を得る。五行説などの詳しい知識のない読者層と同じレベルであり、読者と近い目線で謎が明らかになるため、引き込まれる。
『サンクチュアリ』周囲を変える清々しさ
少年時代にポルポト政権下のカンボジアで地獄の体験をした北条彰と浅見千秋。帰国した二人が見た祖国は閉塞感漂う高度経済成長期の日本だった。二人はヤクザと政治家になり、表社会と裏社会の双方から日本を変えていこうとする。二人が周囲の人々を変え、動かしていく展開が清々しい。(林田力)危険だらけの二子玉川ライズ
二子玉川の環境を守る会は2011年11月発行の「二子玉川の環境を守る会NEWS No,30」で二子玉川ライズの危険を特集した。「被害甚大」「多額の税金投入」「環境破壊」をこのままにして「2期事業をはじめさせてはいけない」と訴える。ビル風による風害、横断歩道の位置が悪い、横断歩道の信号が短い、急カーブで見通しが悪い、住宅街への交通量増加、トンネル内での車線変更があげられる。二子玉川は再開発により安心して歩けない街になってしまった。環境悪化も見過ごせない。風害、騒音、暫定堤防、日影、不要な道路拡張(駒沢通り)である。
二子玉川東第二地区市街地再開発組合事務所で2期工事説明会が12月8日19時、9日19時、10日14時に開催される。これに対してNEWSでは「その前に解決することがあるんじゃない」と問題提起する。二子玉川ライズ2期事業着工の前に解決しなければならない問題が山積みである。
NEWSは二子玉川ライズ2期事業認可取消行政訴訟の口頭弁論の傍聴も呼び掛ける。口頭弁論は2012年1月24日15時半から東京地裁522号法廷で開催される。(林田力)
林田力がTPP問題でインタビュー
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)問題について林田力がインタビューを受けた記事がレイバーネット日本に掲載された(「TPP 何が問題か 林田力」レイバーネット日本2011年11月14日)。当初、TPPに対しては農林水産業の立場からの反対論が主流であったが、最近では消費者の問題とも位置付けられている。非関税障壁撤廃の名目で、遺伝子組み替え食品の表示規制撤廃など消費者の安全安心を守る規制が緩和される危険がある。林田力は東急不動産のマンションだまし売り被害者として、消費者問題の観点でTPPに関心を寄せている。不動産市場でも情報提供は消費者にとって有益である。ゼロゼロ物件業者など過去に宅建業法違反となった事実は不動産業者選びに役立つ。悪徳不動産業者にとっては競争上の障壁となるとしても、消費者の利益のために行政処分歴の公開などは積極的に行われるべきである。
ゼロゼロ物件業者の注意点
ゼロゼロ物件被害が後を絶たない。ゼロゼロ物件では追い出し屋や高圧的な家賃取り立て、契約外での様々な名目での料金請求など問題があるケースが多く、社会問題になっている。ゼロゼロ物件の退去時に30万円くらいを請求されたとの指摘もある。ゼロゼロ物件業者は工作員を使って「このようなことがよくできるな」と誰もが軽蔑するような悪魔の所業も躊躇なく行ってきた。ゼロゼロ物件業者には、しつこく付きまとい、ストーカー化する悪質なものもいる。被害者は「本当に気持ち悪い、迷惑な人」と語る。ゼロゼロ物件そのものが賃借人を搾取する貧困ビジネスと否定的な見解が優勢であり、避けることが望ましい。ゼロゼロ物件業者への提訴も相次いでいるが、ゼロゼロ物件詐欺被害者の大半は、慰謝料・生活費増加分・財物価値減少分などの請求について、疑問や不満を抱いている。ゼロゼロ物件と契約することは泥沼に足を入れるようなものである。それ故にゼロゼロ物件の契約は避けることが安全策になる。
しかし、ゼロゼロ物件被害が根絶しない背景には格差や貧困の拡大によって、ゼロゼロ物件でないと契約できない貧困層が増えていることである。ゼロゼロ物件から選ばざるを得ないという格差社会の現実は厳然として存在する。「ゼロゼロ物件と契約するな」は正論であるが、それだけでは被害はなくならない。ゼロゼロ物件という泥沼に足を踏み込むとしても、汚れはできる限り少ない方がいい。そこで相対的に信頼できるゼロゼロ物件業者の選び方を紹介する。
第一に行政処分歴のある不動産業者を避けることである。過去に宅地建物取引業法(宅建業法)違反で業務停止処分を受けた不動産業者は避ける。これは不動産業者選びの基本中の基本である。東京都都市整備局住宅政策推進部不動産業課は不動産相談ページで「相手の業者が宅地建物取引業免許を取得しているかどうか、業者の経歴や実績も確認しましょう。」と行政処分歴の調査を推奨している。普通の不動産業者選びでも行政処分歴は判断材料になるが、ゼロゼロ物件のような本質的にリスクの高い物件を契約する場合は特に重要である。
行政処分歴のようなネガティブ情報はインターネットでも公開されている。不動産業者名や免許番号で検索すれば悪名高い宅建業法違反事例を容易に見つけることができる(東京都都市整備局「宅地建物取引業者に対する行政処分について」2010年6月8日など)。免許番号は「東京都知事(1)第12345号」という書式である。
残念なことにトラブルや悪質な販売行為、法令違反等を起こしても行政処分を受けていない悪徳不動産業者も多いが、少なくとも行政処分歴のある不動産業者を排除する意味はある。業務停止処分を受けたなど過去に問題になったゼロゼロ物件業者とは契約しないことがポイントになる。
第二にゼロゼロ物件を主力とする業者ではなく、ゼロゼロ物件以外の物件を扱う業者を選ぶことである。ゼロゼロ物件被害が生じている悪質な業者は、ゼロゼロ物件を売り文句として客を引き寄せている。それ故に扱っている物件の中に、たまたまゼロゼロ物件があったという業者の方が安全である。
第三に地域密着型の業者を選択することである。「地元に精通した不動産屋を探せ」(今井学『絶対に失敗しない中古住宅の売り方・買い方』ぱる出版、2005年、29頁)。
地域密着型とは不動産業者の事務所(オフィス)のある地域の物件を中心に扱っている業者のことである。これは通常の不動産業者である。反対に事務所から離れた地域の物件ばかりを扱う業者は要注意である。たとえば代々木に事務所がありながら、立川など都下の物件ばかりを扱う業者などには注意する。物件の問題点や注意事項が説明されない危険がある。とりわけ事務所から離れた地域のゼロゼロ物件ばかりを扱う業者はリスクが高くなる。
事務所と離れた場所の物件ばかりを扱う不動産屋では希望立地とは異なる物件を押し付けられる危険もある。また、事務所と物件が離れていると、内見も不便である。中には内見させずに契約を迫る業者も存在する。その種の不動産業界のゴキブリのような忌むべき業者は論外である。絶対に契約をしてはならない。
第四に雑居ビルに入居している不動産屋を選ぶ際は、1階に入居する不動産業者を選択する。ビル上階に入居する不動産屋は要注意である。不動産屋としては1階への入居が望ましく、現実に大抵の業者は1階で営業している。
不動産屋の壁はガラスになっていて、物件広告が貼られていることが多い。この広告は有効な集客手段である。それができないビル上階の不動産屋は、その分だけ同業者からも魅力に欠け、物件集めに不利である。これは消費者から見て好物件が少ないことになる。
消費者にとっては1階の店舗の方が入りやすい。地上げ屋や追い出し屋、ブローカーなど不動産業界に闇の部分があることは事実である。ビル上階の密室よりもガラス張りの1階の店舗の方が安心できる。
不動産屋がビル上階にあると内見に行くことも不便である。中には内見を渋って契約を迫る業者もいるが、その種の業者とは契約してはならない。どうしてもビル上階の不動産屋と契約しようとする場合、せめて不動産屋の名前や免許番号、代表者名を検索し、その不動産屋が過去に宅建業法違反で業務停止処分を受けていないか確認してからにしよう。
多摩地区の放射能汚染灰は流山市より深刻か
東京都多摩地域(三多摩)の7つの下水処理場の汚泥焼却灰からは最高で1キログラム当たり1万7000ベクレルの放射性セシウムが検出された。これは国が埋め立て可能とする8000ベクレルを越える値である。千葉県流山市の焼却灰から放射性物質が検出されたことが報道されたが、そこでは1キログラム当たり100ベクレルを超える放射性物質が検出された。この焼却灰は北九州市のリサイクル会社に処理を依頼したもので、放射性物質検出によって2011年12月9日に流山市に送り返された。リサイクル会社が焼却灰の中から金属部分などを取り除いた63トンを調べたところ、30%近くに当たる18トンの焼却灰から放射性物質が検出された。
この報道だけでは流山市がホットスポットと短絡的に考えてしまうが、ニュースを比較すると東京都多摩地域の汚染の深刻さが浮き彫りになる。多摩地域には冬の最低気温に関しては23区内とは異なり、ほぼ毎日氷点下まで下がる地域が多いという気候的特色もある。逆に夏は23区よりも暑くなることも多い。
東急不動産だまし売り裁判と桜桃
林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』の読書メーター「この本を読んだ人はこんな本も読んでいます」欄に太宰治『桜桃』が登場した(2011年12月9日確認)。『東急不動産だまし売り裁判』は東急不動産(販売代理・東急リバブル)から不利益事実を隠して問題物件をだまし売りされた消費者の裁判闘争を描くノンフィクションである。これに対して『桜桃』は短編小説でジャンルは相違するが、事実に基づいた作品である。共に話が淡々と進行するために読みやすい。『東急不動産だまし売り裁判』はマンションだまし売りを正当化する悪徳不動産業者の虚勢を生々しく描き、『桜桃』は「子供よりも親が大事」と呟く父親の虚勢を直視する。
横浜DeNAベイスターズを歓迎
SNS「モバゲー」を運営するディー・エヌ・エー(DeNA)が横浜ベイスターズを買収し、横浜DeNAベイスターズに球団名を変更した。横浜ベイスターズは住生活グループが2010年に買収を試みて撤退したチームである。住生活グループの撤退を歓迎した立場から、横浜DeNAベイスターズを歓迎する。
DeNAの運営するモバゲーはソーシャルゲームと呼ばれるオンラインゲームが中心である。ゲームというエンターテイメントを提供する企業は球団オーナーに向いている。野球の試合もゲームであり、プロ野球はエンターテイメントである。
モバゲーで提供するゲームには野球をテーマとしたものもあり、水平的な事業展開になる。むしろ本業がエンターテイメントと接点のない企業が球団を所有する方が異常であった。その意味で住生活グループの買収が売名目的と非難されたことは健全な反応であった(林田力「リクシル・ベイスターズ消滅を歓迎」PJニュース2010年10月28日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20101028_1
大企業がメセナ的な感覚で球団を所有することは文化貢献と言えるかもしれない。しかし、メセナ的な感覚で強い球団、ファンを楽しませる野球を実現することは容易ではない。エンターテイメントを熟知している企業がオーナーになった方が興行としてのプロ野球は発展する。
一方でゲームというDeNAの事業内容からプロ野球オーナーとして不相当との反対論がある。しかし、これは反対のための反対論である。事業内容が問題視されなかった住生活グループも、その業種であるリフォーム業界には欠陥施工や悪質リフォーム、次々販売などの深刻な社会問題を抱えている。新興の業種にばかり厳しい基準が要求されるが、既存の業種にも腐敗はある。
反対論には一般論としてゲーム業界を否定するのではなく、モバゲーの提供するソーシャルゲームの性格を問題視する見解がある。モバゲーの提供するソーシャルゲームはプレイを無料として幅広いユーザーを集め、ゲームを有利に進められる貴重なアイテムを販売することで収益を上げるビジネスモデルである。アイテムを購入しなければ進めないようなゲームで利益を得ることに対して貧困ビジネスとの批判がある。
しかし、ゲームの中でしか価値がないとしても、エンターテイメントとしての価値を提供する。ゼロゼロ物件など貧困者をターゲットとして搾取する貧困ビジネスとの同一視は本物の貧困ビジネスの悪質さを相対化させてしまう。
そしてプロ野球の提供する価値というものも実はソーシャルゲームと似たようなものである。プロ野球はオリンピック的な肉体の限界に挑戦したスポーツを魅せるというよりも、仲間内の話の種を提供する娯楽の側面が強い。これはゲーム上で仲間となってソーシャルゲームに興じるモバゲーのユーザーと類似する。DeNA参入によるプロ野球のエンターテイメント性の強化に期待する。
『トリコ』第17巻、価値の多元性
島袋光年『トリコ』第17巻(集英社、2011年)は『週刊少年ジャンプ』連載のグルメ・アクション漫画である。『トリコ』は美食會という倒すべき強敵とグルメ界という目的地が明らかになり、物語の奥行きが広がった。しかし、この巻では将来の大冒険に備えた充電期間の色合いが濃く、一話完結のオムニバスも収録されている。その中でも「ビックリアップル」の話が面白い。これは驚かせるほど味が美味くなるという不思議なリンゴである。『トリコ』の魅力は戦闘には足手まといなシェフの小松が冒険で重要な役回りを果たすところにある。力だけが全てではないという多元的な価値が描かれる。但し、最近では小松の活躍シーンが多く、小松が凄い人であるとのイメージが定着した感がある。これに対して「ビックリアップル」では小松はヘタレに徹している。このような姿があるからこそ、別のシーンでの小松の活躍が魅力的になる。少年マンガのキャラクターは通俗的には欠点とされるような属性を有する方が魅力的であり、それが教育的な効果をもたらす(林田力「空知英秋『銀魂』に見るゼロゼロ物件業者への対抗価値」PJニュース2011年11月4日)。
この話は美食会の暗躍というシリアス長編へのつながりを仄めかして読者を緊張させたものの、お笑いキャラが意外な能力を発揮する落ちで終わる。ここにも価値の多元性が現れている。
『NARUTO』第58巻、奇妙な戦い
岸本斉史『NARUTO-ナルト-』第58巻(集英社、2011年)は『週刊少年ジャンプ』連載の忍者アクション漫画である。薬師カブトは穢土転生の術によって、過去に死亡したキャラクターが敵になる。死者にとっては戦わされることが不本意で、自分の弱点や攻撃先を説明しながら戦うという奇妙な戦いが展開される。数多くのキャラクターが入り乱れての戦闘は間延びしがちであるが、風影の母の真実や、操られるだけで終わらないイタチの活躍など飽きさせない展開である。(林田力)『BLOOD 真剣師将人』第1巻、親の血筋による能力
本書(落合裕介『BLOOD 真剣師将人』第1巻、少年画報社、2011年)は、粗暴なヤンキーが将棋の名人の息子で、父親の借金返済のために闇の賭将棋で勝ち抜いていく物語である。主人公の将人は子供の頃に父親と将棋をしただけで、それ以降は訓練も努力もしていない。その将人がタイトルの『BLOOD』にあるように親の血筋により能力を発揮して勝利する。格差社会を反映した作品である。対戦相手も過酷な戦場経験で人格が崩壊した米軍兵士など、折り目正しく几帳面な棋士像から乖離している。将棋そのものの描写も少なく、ヤンキー喧嘩漫画のノリである。そのため、将棋ファン向きではない。このままヤンキー喧嘩漫画で終わるのか、ヤンキーとは別世界の将棋の世界の深淵が描かれるのか、注目である。(林田力)
『ジーン・ワルツ』禁断の告発に衝撃
本書(海堂尊『ジーン・ワルツ』新潮社、2008年)は医療崩壊の最前線である産婦人科医を主人公とした小説である。舞台は桜宮市ではなく東京であるが、『極北クレイマー』での産婦人科医の医師法第21条届出義務違反での逮捕事件を背景にした広い意味での桜宮サーガの一作である。妊娠についての医学的な説明が多く、軽いミステリーを楽しみたい向きにはハードルが高い。しかし、ラストの禁断の告白は衝撃的である。海堂作品はバチスタ・シリーズの田口公平が典型であるが、巻き込まれ型の主人公が多い。これに対して『ジーン・ワルツ』は主人公が変革を志向する人物であることが異色である。また、主人公が変革のための具体的な第一歩を踏み出している。主人公が社会を変えられたのか、その後の顛末が知りたくなる作品である。
海堂作品は大学生活という豊かな青春の一時期をクローズアップする点も魅力である(林田力「『アリアドネの弾丸』第8話、科学信奉者から人間味を見せた安田顕」2011年9月1日)。『ジーン・ワルツ』では準主役的な清川吾郎は学生時代の剣道の試合を回顧している。この話は『ひかりの剣』で掘り下げられることになる。
海堂作品は医療が中心であるが、医療以外でも鋭い社会批判を展開する。『夢見る黄金地球儀』では、街の個性を喪失する再開発が風刺された。『ジーン・ワルツ』でも低層建築中心の地方都市の青い空と霞ヶ関の灰色の高層ビルを対比させた。
「桜宮の空の青さを思い出す。それから理恵はふたたび、霞が関に林立する灰色の塔について思いを馳せる。」(141頁)
霞が関の住民である官僚への批判が主であるが、無機的な高層ビルでは人間性も失われてしまうことを実感する。(林田力)
『ロスト・シンボル』価値観を相対化する主人公
本書(ダン・ブラウン著、越前敏弥訳『ロスト・シンボル 上巻』角川書店、2010年)はサスペンス小説である。世界的なベストセラーとなった『ダヴィンチ・コード』と同じロバート・ラングドン・シリーズに属する。視点人物が入れ替わり、複数の人物の物語が同時進行で進む点はダヴィンチ・コードなどと同じである。『ロスト・シンボル』の舞台はアメリカ合衆国の首都ワシントンである。米国には近代に登場した歴史の浅い国家というイメージがある。しかし、米国のバックボーンには強い宗教性が存在することが浮き彫りにされる。
主人公のラングドンが価値観を相対化できる人物である点が印象的である。古代の拷問器具である十字架の前で跪き、血と肉の象徴であるパンとぶどう酒を食べるキリスト教徒の信仰も、他の価値観に立てば怪しげなカルトに映ると主張する。日本社会では自分の考えだけが真実という類の偏狭で幼稚な発想の持ち主に遭遇することもある(林田力「大卒から感じた高卒のギャップ」PJニュース2010年11月23日)。その種のナイーブな思想を嘲笑う好作である。
『デッドマン・ワンダーランド』第11巻、目を背けていた過去を直視
片岡人生と近藤一馬が月刊少年エースで連載中の漫画『デッドマン・ワンダーランド』第11巻は2011年10月23日に発売された。五十嵐丸太(ガンタ)と千地がレチッド・エッグの謎を解く鍵となるコーラス・ブロックスを手に入れるため、デッドマン・ワンダーランド深部へ向かう。ところが、彼らの前に咲神トトが現れ、丸太は千地を庇い、囚われの身となってしまう。この巻ではシロとレチッドエッグの過去が明らかになる。これまで罪の枝は超自然的でファンタジー的な要素が強かったが、物語世界の中での科学や医学との整合性がとられた。これによって、より現実的な話として物語に引き込まれる。
さらに主人公が悲惨な過去から目を背けていたことも明らかになる。主人公の精神世界の中での葛藤を外敵との戦いと同等に描くことは『新世紀エヴァンゲリオン』に代表される定番であるが、現実無視との批判も根強い。西尾維新原作の『めだかボックス』第123箱「善吉くんと戦う前に」でも「自分との戦い」が風刺された。
その点で目を背けていた過去を直視するという展開は自分との戦いでありながら、現実逃避の真逆である。過去を水に流すことを是とする非歴史的傾向のある日本社会において有意義である。
『GATE 7』第2巻、歴史ファンには憎い仕掛け
『GATE 7』第2巻はCLAMPが『ジャンプスクエア』(集英社)で連載中の漫画の単行本で、2011年11月4日に発売された。明智光秀との戦いの最中、窮地のはなを救った人物は伊達政宗であった。織田信長と共に闇へと消えた最強の隠威「第六天魔王」を手にするため、戦国の魂を継ぐ者達が動き出す。明智光秀に続いて、伊達正宗、片倉小十郎に徳川家光、柳生十兵衛、真田幸村と歴史上の人物が次々と登場する。豊臣秀吉や徳川家康という誰もが知っている有名どころではなく、秀次や家光としている点は歴史ファンには憎い仕掛けである。
レディー・ガガは賃貸派
レディー・ガガは賃貸派であると発言した。住宅を購入すると家畜化することを理由とする(「レディー・ガガは賃貸派!」Movie Walker 2011年11月25日)。分譲住宅では不利益事実を隠した問題物件のだまし売りが起きている(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社)。それを踏まえるならば、レディー・ガガの発言は賢明である。一方で日本の問題はゼロゼロ物件や追い出し屋に見られるように賃貸住宅が貧弱で、悪徳不動産業者や貧困ビジネスの温床になっていることである。悪徳不動産業者や貧困ビジネスを排除し、廉価で良質な公営住宅の供給拡大が日本を暮らしやすくする道である。
『SHIN-MEN』第1巻、クレヨンしんちゃんの戦隊物
中島かずき脚本、相庭健太作画で『まんがタウン』で連載中の漫画『クレヨンしんちゃん SHIN-MEN』第1巻が、11月17日に発売された。『クレヨンしんちゃん』の設定を利用した戦隊物という異色の構成である。『SHIN-MEN』は臼井儀人の人気漫画『クレヨンしんちゃん』のスピンオフ作品である。異次元の地球を舞台に野原しんのすけをモチーフにした5人の戦隊風ヒーローが、「ぶりぶりざえもん」をモチーフにした悪のTON-MENと戦う。テレビアニメで「クレヨンしんちゃん20周年記念作品」として放映されたものであるが、漫画版はアニメとは独自のストーリーである。
空知英秋の漫画『銀魂』のキャラクターを高校に移した『3年Z組銀八先生』など、キャラクターの性格のみ引き継いで舞台を変えるスピンオフ作品は珍しくない。これらの作品と比べた『SHIN-MEN』の特徴は原作からの独立性が高い点にある。野原ひろしや野原みさえら脇役をモチーフにしたキャラクターも登場するが、存在感は薄い。単なる『クレヨンしんちゃん』のなぞりではない物語の奥行きがある。
原作では5人組のヒーローと言えば、しんのすけを中心に風間トオルや桜田ネネら幼稚園の仲間達で結成する「かすかべ防衛隊」をイメージする。しかし、『SHIN-MEN』では、しんのすけの外見をしたキャラが5人である。そのうちの一人のゴゥは、しんのすけ的なキャラクターであるが、他の4人はユニークである。この巻では5人の各々をフィーチャーする物語が収録されている。
悪役のTON-MENは「ぶりぶりざえもん」をモチーフにした色違いの豚の5人組である。TON-MENは人間を苦しめる存在であるが、一方的に人間を攻撃するだけの存在ではない。人間の醜い感情がTON-MENの攻撃のトリガーになっている。たとえば他人の不幸を喜ぶ人間の感情が大きくなると、人間の流した涙で大洪水を起こすという具合である。
『クレヨンしんちゃん』の映画で名作と名高い『嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』では、高度成長期の回顧という大人達の郷愁に付け入れられた。それと同様に人々の意識を風刺する隠れた社会性のある作品になっている。(林田力)
『活断層』開発は地域に百害あって一利なし
本書(堺屋太一『活断層』アメーバブックス、2006年)は離島の石油備蓄基地建設反対運動に翻弄される事業者側従業員を描いた小説である。東急不動産だまし売り裁判体験のある評者にとって、住民反対運動は善でデベロッパーは悪という価値基準がある。これに対して本書はデベロッパー側の人間を主人公として、反対運動側を不気味に描く。それでも反対運動に小気味良さを覚える。村人は石油基地建設で地元は何のメリットも受けていないと主張する。工事によってダンプカーが走り回り、騒音被害が生じ、安全な生活が脅かされる。石油基地が大事故でも起こしたら、銭金の問題ではない。これは原発推進派に聞かせたい言葉である。
より重要な点は一般に開発の恩恵とされていることも不利益と受け止めていることである。建設工事では雇用が生み出されたが、それはサトウキビ畑の働き手が奪われることを意味し、地域にはマイナスである。外部から来た労働者は地元商店で食品などを購入するが、それは商品の品薄による物価の上昇を意味し、地元消費者の生活を苦しめる。現実の日本社会は目先の経済的利益に釣られて乱開発を受け入れてきた。だからこそ活断層の村人の論理には輝きがある。
本書の主人公は開発を進める事業者側の従業員である。彼は誠実に地元の声を聞こうとする人物として描かれる。これは二子玉川ライズなど現実の開発紛争とは大きく異なる。それでも開発推進者は本当の意味で地元に向き合ってはいない。著者も「彼の努力はエリートの努力の域を出ていなったのではないだろうか」と振り返っている(421頁)。その地元への配慮には独り善がりな虚しさが漂っている。(林田力)
放射能汚染を過剰宣伝する悪徳業者に注意
真相ジャパン第37号に転載された早見慶子「東日本大震災の裏で何が画策されているのか?」は放射能の害の過剰宣伝を戒める。管見は微量でも被曝を避けるべきとの立場であり、スタンスは異なる(林田力「福島第一原発事故の被曝と医療被曝の比較はナンセンス」PJニュース2011年3月22日)。それでも早見氏の主張は傾聴に値する。早見氏の主張の興味深い点は主張の背後にある政治性に目を向けている点である。一般にデータは価値中立的と受け止められがちであるが、提示者の価値観と無縁ではない。問題は放射能の危険を煽る一部の人々の動機である。早見氏は「恐怖を煽ることによって得をするのは、日本経済を混乱させたい人々でしかいない」と書くが、現実にはもっと卑しい動機があることを知っている。
根拠のない放射能汚染をツイッターなどで拡散し、悪徳商法の種にしている卑しい人々が存在する。ガイガーカウンターを売りつける、リフォーム詐欺と同じ要領で「お宅が放射能汚染されています」と告げて高額な除染を請け負うなどである。
私は『東急不動産だまし売り裁判』の経験から不動産分野に関心が高いが、不動産分野にも存在する。早見氏が書くように避難を呼びかける人々がいるが、その中には劣悪な住宅を提供する悪徳不動産業者も混じっている。
ゼロゼロ物件詐欺などでフリーターなどの貧困者を食い物にしてきた都内の悪徳不動産業者が東日本大震災をビジネスチャンスとして、被災者・避難者向け賃貸住宅に力を入れている。無断の鍵交換など、その不動産業者に苦しめられた賃借人らからは、震災や原発事故に便乗し、被災者をカモにしていると反発する。原発不安で自主避難民が増えれば儲かるという構図がある(林田力「脱原発派も不安を煽るtwitter拡散情報に警戒」)。
『AKB49』第2巻、Kチームの厳しさ
元麻布ファクトリーの原作で宮島礼吏が『週刊少年マガジン』に連載中の漫画『AKB49 恋愛禁止条例』第2巻では主人公・浦川みのりが大島優子のアンダーに抜擢される。そこでKチームの厳しさを目の当たりにする。お友達同士で傷をなめあう温さの対極に位置していた。正規メンバーの自然な描写が、主人公が感じた研修生への違和感の回答になり、正規メンバーの持ち上げにもなるという好展開である。(林田力)『AKB49』第3巻、正規メンバーとの実力差
元麻布ファクトリーの原作で宮島礼吏が『週刊少年マガジン』に連載中の漫画『AKB49 恋愛禁止条例』第3巻では主人公・浦川みのりが大島優子のアンダーとして出演する。そこで正規メンバーとの圧倒的な実力差を思い知らされることになる。『AKB49』が実在のアイドルのプロモーション漫画と異なる点は、主人公が架空の人物で、AKB48を今以上の人気グループに押し上げていくことが予見されている点にある。これは独立した作品としての魅力であるが、そればかりでは実在のAKBのプロモーションにならず、制作側としては痛しかゆしである。『AKB49』では、この時点で正規メンバーとの圧倒的な実力差を描くことで、ステージの奥深さと正規メンバーの実力を表現している。(林田力)
『聖☆おにいさん』第7巻、深い宗教理解に通じる真実味
本書(中村光『聖☆おにいさん』第7巻、講談社、2011年)は『モーニング・ツー』で連載中のコメディ漫画である。この巻も「血の涙を流すマリア像」の秘話や天草四郎のエピソードなど宗教ネタが盛りだくさんである。『聖☆おにいさん』はイエス・キリストやブッダを主人公とするギャグ漫画という際どい作品である。ギャグテイストの中でも深い宗教理解に通じる真実味を感じさせる描写がある。例えば神の子として宿命づけられたイエス・キリストが大工の息子として普通の生活を送っていた頃の苦悩である。(林田力)
『兵馬の旗』第2巻、デカブリストの乱と絡めて描く
本書(かわぐち かいじ『兵馬の旗』第2巻、小学館、2011年10月28日発売)は薩摩藩士との対決で幕を開ける。坂本龍馬は刀で向かってくる敵に拳銃で応戦したが、剣術に自信がないという理由で拳銃を使うキャラクターは新鮮である。この巻のメインはロシア留学時代の回想である。ロシアの近代化を求めた反乱・デカブリストの乱と絡めて描くことで、歴史ドラマとして重厚になった。(林田力)『一路平安!』第1巻、中国人美少女と京都を目指す
本書(小林尽『一路平安!』第1巻、講談社、2011年11月9日発売)はネット生活ばかりの引きこもり浪人生が、偶然出会った中国人美少女と自転車で京都を目指す物語である。劣等感を持っている男子が何故か偶然出会った美少女に関心を抱かれ、高飛車な美少女に振り回されるという展開は定番中の定番である。定番設定でも本書は美少女が中国人であリ、随所に中国語が登場する点に新鮮味がある。(林田力)あの手この手でゲームに誘うSNSゲーム招待状のカラクリ
モバゲーなどのSNSではお馴染みとなったゲーム招待状。そのカラクリを紹介する。ゲームのプレーヤーがSNS上の友達に招待状を送る理由は様々である。最初に思いつく理由は、純粋に素晴らしいゲームだから他人に勧めるケースである。しかし、これは実際に送られる招待状のうちの僅かである。
次にソーシャルゲームで一緒にプレイする仲間になって欲しい場合である。たとえば以下のような招待状がある。
「チームの皆で闘うと燃えるゲームだから、あなたと一緒のチームでプレイできたらうれしい」
「まだ始めたばかりで仲間がいなくて寂しい」
これも純粋に一緒にプレイしたいという理由からならば、気心の知れた仲間内での招待となり、実際に送られる招待状のうちの少数である。
最も多い理由は招待状を送ることでプレーヤーに何らかのメリットが生じるケースである。多くのゲームでは招待状の送付や招待された友達のゲーム登録によって、ポイントの加算や希少アイテムの取得などの特典を付している。これによってゲーム運営企業は広告宣伝によらずにプレーヤーを増加できる仕組みである。
招待状の送付に特典を付す場合、招待状が乱発される傾向にある。最初から招待目的でSNS上の友達を募集するプレーヤーも存在するほどである。ゲーム運営企業にとってゲームの知名度を上げたい場合には有効であるが、プレーヤー増加の費用対効果は薄い。中には「招待メールを送るだけでコインがもらえる」として、「スルーでお願いしますm(_ _)m」「登録も全く必要ないです」「完全無視でお願いします」「ご迷惑掛けて本当にごめん」と記載する招待状もある。
この種の招待状が大量に送付されてもゲーム運営企業のメリットにならない。そのため、招待状を受けた友達の加入で特典を付与するようにする。このようにした方がプレーヤーも受け取った友達が登録したくなるような招待状を書くことになる。
多くの招待状では「面白いゲームがあるんだけど…」「楽しめるゲームを見つけたんだけど…」と優れたゲームであることをアピールする。ゲームが面白いことは当然であるが、遊び方が単純で手軽に楽しめることがアピールポイントである。
ファミコンの時代と比べるとテレビゲームの世界は大きく進歩したが、逆に精緻になり過ぎてゲームの世界に習熟するハードルが高くなり、気楽に遊べなくなった面もある。SNSのゲームの隆盛には、その間隙を突いた面がある。それ故に招待状も「サクサク進めるから時間がなくても面白いよ」となる。
招待特典目当てに招待状が送付されることは多くのSNSユーザーも認識していることである。それ故に招待状では「どうしても欲しいキャラが、招待受けてくれると加入できるんだよ。だめかな」「僕を助けると思ってお願いします」と正直に招待特典目当てであると記載されることが多い。
また、招待特典は招待者だけでなく、招待を受けて登録した友達にも付与されるケースがある。そのために招待状には「このメールから登録すると、2000コイン相当のアイテムがもらえます。やってみて」と招待を受けた側のメリットも記されることもある。
中には以下のようにゲーム登録だけ(プレイしなくてもいい)を依頼する招待状もある。
「招待アイテムももらえるので、登録してもらえるだけでも助かります」
「ゲームはして頂かなくてけっこうですので、どうか『ゲーム開始』をワンクリックだけご協力お願いいたします」
さらに「登録してくれたら、もちろん自身の未登録ゲームなら協力させていただきます」と相互に登録しあう提案もなされている。
ゲーム運営企業にとってプレーヤー数の増加は直近の目標であるが、基本プレイ無料・アイテム課金のゲームでは非アクティブなプレーヤーを大量に抱えてもデータ領域を圧迫するだけである。そこで招待特典のハードルを上げるゲームもある。友達が登録した上で一定のレベルやステージに到達することで特典が付与される仕組みになる。
この場合は、以下のような招待状になる。
「チュートリアル終了までよろしくお願いします」
「今ならレベルアップしてくれるだけでアイテムが貰えるみたいだから、ちょっと頑張ってレベル10まであげて欲しいかも」
「特典が欲しいので、マリオネット作成までやってくれると助かります」
(林田力)
ゼロゼロ物件はダメ。ゼッタイ。
ゼロゼロ物件はダメ。ゼッタイ。敷金・礼金・仲介手数料0円などを謳って割安感をアピールするゼロゼロ物件であるが、トラブルが続発し、社会問題になっている。ゼロゼロ物件では様々な費用を徴収されて普通の物件より割高になるケースが多い。不動産業者が無断で住居に侵入して家財を処分するなど悪質な追い出し屋被害も続発している。どうしてもゼロゼロ物件と契約しようとする際は、過去に宅建業法違反で業務停止処分を受けた業者でないか調査・確認してからにしよう。空知英秋『銀魂』に見るゼロゼロ物件業者への対抗価値
空知英秋が『週刊少年ジャンプ』で連載中のSF時代劇漫画『銀魂』が面白い。『週刊少年ジャンプ』2011年44号掲載の金魂・第一訓「ストレートパーマに悪い奴はいない」から突入した金時編は主人公が乗っ取られるという斬新な展開である。家賃を滞納するキャラクターが善玉で、家賃を支払うキャラクターが悪玉という対比が興味深い。
賃貸不動産ではゼロゼロ物件や追い出し屋など賃借人を食い物にする貧困ビジネスが跋扈している。一日でも家賃を滞納した賃借人に対し、サラ金でも行われない未明の家賃取り立てや嫌がらせの貼り紙を繰り返す。また、無断で家屋の鍵を交換して高額の鍵交換費用を請求する。さらに無断で家屋に浸入して家財を処分・換金してしまうなどの人権侵害が行われている。
この種のゼロゼロ物件業者の追い出し行為が許されざる人権侵害であることは当然である。一方で「盗人にも三分の理」という言葉があるようにゼロゼロ物件業者にも拠り所となる論理がある。それは「家賃を払っていない賃借人が悪い」「文句があるならば家賃を払え」である。
家賃滞納という単なる債務弁済の遅延は、追い出しという悪質な人権侵害を正当化する根拠にならない。しかし、残念なことに人権意識の低い後進的な日本社会では、ゼロゼロ物件業者の論理に同意してしまう人々も少なくない。それ故に「住まいは人権」という論理が重要になる(林田力「マンション建設反対運動は人権論で再構築を」PJニュース2011年6月17日)。
「確かに『支払いを遅らせたのは,あなたでしょう!」と厳しく言われたら,なんとなく「そうかな』と思ってしまうかもしれないが,それが全てを根こそぎ奪い取ることを正当化する理由にならないことは,また,よくわかることだろう。」(津久井進の弁護士ノート「ゼロゼロ物件被害にみる形式的コンプライアンス」2008年7月18日)
ゼロゼロ物件の被害者が被害者でもあるにもかかわらず、家賃滞納者ということで逆に非難される傾向のある日本社会において、家賃は滞納するが、真っ直ぐな魂を持ったヒーローという設定の『銀魂』はゼロゼロ物件業者に対抗する価値を生み出す効果がある。
『銀魂』はパロディや下ネタが多く、PTA推奨という意味合いでの教育的な作品ではない。しかし、単行本第40巻収録のギャグ短編では携帯メール依存症を批判した。また、第7巻収録の第54訓「人の名前とか間違えるの失礼だ」で、追伸の使用をカッコいいと勘違いする無学者を風刺するギャグを描いた(林田力「追伸に対する一考察」PJニュース2010年12月25日)
http://www.pjnews.net/news/794/20101224_9。
教育的作品の説教臭さとは無縁ながら、教育的価値を盛り込む『銀魂』に大いに期待する。
巨人の内紛はTPPの目くらまし
読売ジャイアンツ(巨人軍)の清武英利・代表兼ゼネラルマネージャー(GM)の記者会見は大きく注目されたが、蓋を空けてみると単なる内紛劇であった。球団が渡辺恒雄会長の個人商店であることは大いに非難されることであるが、読売ジャイアンツの経営陣ならば分かり切っていたことで、今更告発する話でもない。しかも名指しで告発された渡辺氏は反論文を出したものの、清武氏の反省を求めるのみという、意外なほどに寛大な対応であった。球団OBの江川卓氏を来季首脳として招へいすることが清武代表が渡辺会長批判の発端であるが、渡辺会長に分がある。巨人の原辰徳監督が2011年11月13日、渡辺会長との間で、江川氏を招く話し合いを持っていたことを認めたためである。
これまでマスメディアは首都圏の放射能汚染の報道に抑制的であったが、不思議なことにTPP加盟協議と並行して首都圏の放射能汚染報道が目立ってきた。しかも、この時期に福島第一原発の現地が初めて取材陣に公表された。
深謀遠慮の情報操作が行われているとすれば暗澹たる気持ちにさせられる。しかし、救いがあるとすれば、これまではホリエモンのようなアウトサイダーがスケープゴートにされ、権力側には目くらましと邪魔者の排除の一石二鳥の効果があった。今回が仕込みならば、体制側は身を切っていることになる。冤罪事件を捏造するほどの余裕はなくなり、自爆テロを余儀なくされるほどは追い詰められていることになる。ささやかではあるが、市民側の一歩前進になる。(林田力)
『イノセントゲリラの祝祭』官僚はゴキブリ以下
本書(海堂尊『イノセントゲリラの祝祭』宝島社、2008年)は人気シリーズのバチスタシリーズの一作である。会議や会話中心で、事件性は乏しい。ドラマにもなった『アリアドネの弾丸』に続くAiセンター設立までの橋渡し的な作品である。本書では厚生労働省が舞台となる。利権まみれの官僚や医療関係者がうごめく。魑魅魍魎のいる霞ヶ関ではゴキブリと形容された白鳥がまともな人間に見えるから不思議である。これは私だけの感想ではなく、ラストになって登場人物の以下の台詞が登場する。 「白鳥さんは官僚モンスターですからね。でももっと手強いのは官僚という名のモンスターたちです」(371頁)。(林田力)
民事法務労働組合がワーキングプアを生む市場化テストに抗議行動
民事法務労働組合(民法労)は10日、全労連・全国一般東京地方本部や特殊法人等労働組合連絡協議会と共に東京都千代田区の法務省や弁護士会館前など各所で法務局乙号事務の市場化テストへの抗議行動を実施し、民事法務協会職員の窮状を訴えた。法務局乙号事務は不動産・商業法人登記の証明書を発行する窓口業務で、これまで40年に渡って財団法人民事法務協会が業務を担ってきた。民法労では「古い台帳などを扱わなければならない業務であり、熟練労働者が知識を継承・蓄積してきた」と説明する。ところが規制緩和(市場化テスト)によって民間参入が認められ、競争入札が行われるようになった。
その結果、長年法務業務に従事していた熟練労働者が解雇され、低賃金非正規労働者に入れ替えられている。民間開放開始後3年間で700人が失職し、3月31日には新たに700人が職を失った。新規採用者は基本的に非正規労働者で、年収200万円に満たない職員が急増している。抗議行動では「法務省は失業とワーキングプアを作るな」と訴える。
市場化テストは「利用者である国民にも弊害が出ている」と主張する。専門知識や経験を必要とする業務が未経験者に委ねられ、サービスの質が低下するためである。「業務研修をきちんと行っていない企業が多く、日付のない証明書を発行するなどの初歩的なミスも頻発し、窓口や業務に支障や混乱が生じている」とする。また、「残業代の不支払いや自社の証明書の不正取得など法を守らない企業が法務局の業務を担っている」と告発する。「国民の財産に関係する仕事を民間に委ねていいのか」と問題提起した。
民法労は法務省に対して、「民事法務協会職員の雇用について責任をとり、団体交渉に応じること」を要求する。また、「不正・違法行為を行っている落札企業との契約を解除し、入札参加を取り消すこと」を求める。根本的な要求として「法務局乙号事務の市場化テスト、競争入札からの除外」を挙げる。たとえ入札するとしても「知識や経験などの質を重視し、賃金など適正な労働条件を確保、雇用継承を行うべき」とする。
民法労は行政サービスを民間企業に担わせる規制緩和の動き自体を批判する。「規制緩和は行政サービスを民間企業の儲けの対象にし、民間任せにすることで、国の責任放棄」と指摘する。「良質な行政サービスは経験とノウハウがなければ提供できない」として、「安ければいい」の入札制度から、「公契約法の制定で労働者の労働条件を保証する契約方法に改めるべき」と訴えた。(林田力)
どうなるの、東京の放射能
新日本婦人の会江東支部すみれ班は2011年11月6日、あぜ上三和子・東京都議を迎えて集会「どうなるの、東京の放射能」を東京都江東区で開催した。新日本婦人の会は女性団体であるが、男女に関わりないテーマであるため、男性の出席者も多かった。あぜ上議員を含む日本共産党都議団は5月にいち早く都内128か所の放射能を測定し、東京の放射能汚染の実態を明らかにした。この集会では測定時の裏話を披露すると共に、実際にガイガーカウンターを使用した測定も実施した。
ガイガーカウンターの測定値は同じ場所で測定していても、コロコロ変わってしまう。この集会で測定した時も0.06マイクロシーベルトから0.1マイクロシーベルトを上下していた。そのために共産党都議団の測定では10秒間隔で10回カウントして、平均値を取得した。そのため、測定者だけでなく、10秒間隔をカウントする人や測定値を記録する人も必要になる。一般に「研究者は5回程度の測定値の平均値を取るが、都議団は素人であるため慎重に10回とした」とする。
測定は「平均的な成人の内臓の高さである1メートルと、子どもの内臓のある50センチメートル、子どもがしゃがんだ時の高さである5センチメートルで実施する」という。ガイガーカウンターは機器によって性能差が激しく、チープな機器では誤差が激しい。それでも「測定することに意味がある」とする。測定することで不審な値が出たら、行政に精密な測定を要求する端緒になるためである。
集会では参加者の不安を反映して、石原慎太郎・東京都知事が進める被災地のガレキ受け入れにも言及された。埋め立て地を抱える江東区民にとってガレキ受け入れは重大な関心事である。あぜ上議員は、「人道的見地からガレキ受け入れ自体は否定しない」ものの、「安全性などを都民に何の説明もしないこと」を問題視した。「民主主義のプロセスを大事にする必要がある」と指摘する。
さらに江東区では都内の放射能汚染物質持ち込みの問題も生じていることを明らかにした。共産党都議団が測定した5月の時点では都内の放射能は東高西低であったが、最近では多摩地域で比較的高い数値が出ている。東京都下水道局の報告では「多摩地域の7つの下水処理場の汚泥焼却灰から最高で1万7000ベクレルの放射性セシウムが検出された」とする。これは国が埋め立て可能とする8000ベクレルを越える値である。
この焼却灰は多摩地区の下水処理場では保管場所が足りないとして、東京都は中央防波堤の埋め立て地に埋め立てている。これに対して日本共産党の斉藤信行・江東区議は「区民の理解は得られない」として多摩地域現地での処理を要求している。国の責任による発生地処理が原則と主張する。
参加者からは説明会などを開催せずに強行する都の姿勢への憤りの声が相次いだ。江東区長が体を張って杉並区のゴミ搬入を阻止したゴミ戦争になぞらえる意見も出たほどである。
集会では除染の方法や重要性についても説明された。「表土を入れ替える。取った土はビニール袋に入れて埋めておく。この除染で除去した放射性廃棄物の保管が今後の大きな課題になる」
林田力は「福島原発の周辺地域では除染か避難かの二者択一となり、除染が住民を避難させない論理として使われる傾向がある。高い線量の地域は除染よりも避難を勧めるべきではないか。」と指摘した。実際、山内知也・神戸大大学院教授は除染の限界を具体的に指摘した上で、高線量地域では除染ではなく避難が必要と主張する(「山内知也・神戸大大学院教授の怒り〜国の除染では効果はない」AERA 2011年11月28日号)。
「いったい、これは何なのか。信じられない光景です。この現実を見ると日本は文明国ではない。なぜ、住民避難、少なくとも子どもや妊婦への公的措置が緊急に取られないのか。これは無作為の人権蹂躙です。」
これに対し、都議は「避難の線引きが地域コミュニティーを無視して行われている。除染の徹底か集団疎開かはコミュニティーで議論して決めるべき」と回答した。
このコミュニティーが決めるという議論は、個々人の避難の権利を主張する人々には物足りなさが残る。前近代的な日本の村社会は個人を抑圧する傾向にある。コミュニティーの決定と個人の権利は衝突する問題であるが、コミュニティーに決めさせるという主張はコミュニストとしては一つの見識である。
『モモ』大人が読みたい児童文学
ミヒャエル・エンデの『モモ』は子どもの時に夢中になり、大人になってからも改めて読み返したい児童文学である。灰色の男達によって盗まれた人々の時間を貧しい少女モモが取り戻すストーリーである。時間に縛られて人生を楽しめない現代社会に対する警鐘であるが、注目は主人公のキャラクター設定である。『モモ』は主人公モモが活躍するストーリーであり、モモが物語のヒーローである。そのモモには他の人にはない能力が存在する。それは人の話に耳を傾けることである。これは推理力や超能力、魔法、超人的な剣技など多くのヒーローが有している特殊能力に比べると見劣りする。しかし、このモモの能力が人々に自分を取り戻させ、幸せにすることを『モモ』は説得的に描いている。
むしろ一見すると誰にでもできそうなモモの能力であるが、実践できている人は少ない。テレビでは他人の話を遮り、自分の主張を押し付けることを討論と称する番組が持てはやされている状況である。意識を改めれば誰でも実践できることを美徳として提示する『モモ』は現実的な希望を抱ける児童文学である。(林田力)
『はてしない物語』現実逃避にならない作品
ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』は、いじめられっ子のバスチアンが本の中の世界「ファンタージエン」の危機を救い、自分を探す物語である。『ネバーエンディング・ストーリー』として映画化もされたが、原作とは別物になっている。いじめられっ子がファンタジーの世界で活躍するという大枠は夢のある児童文学の定番であるが、『はてしない物語』には罠が用意されている。ファンタージエンでバスチアンは増長し、自分を見失ってしまう。ファンタジー世界での活躍が現実逃避にはならない作品である。
『はてしない物語』は内容だけでなく、表現形式にも注目である。物語はバスチアンが暮らす現実世界と、バスチアンが読む本の中のファンタージエンという二つの世界で進行する。このために書籍では現実世界の記述は赤銅色、ファンタージエンの記述は緑色と文字色を相違させている。この主人公が現実世界で別の物語を読み進めるという異なる物語を並行させる表現形式はエリザベス・コストヴァの『ヒストリアン』にも見られる。(林田力)
『ソフィーの世界』大人になって読み返したい
ヨースタイン・ゴルデルの『ソフィーの世界―哲学者からの不思議な手紙』は哲学の入門書でもある児童文学である。普通の少女ソフィーが「あなたはだれ」「世界はどこからきた」という不思議な手紙を受け取ったことから、哲学の講義を受けることになる。西洋哲学の分かりやすい入門書として世界中でベストセラーになったが、いくら「分かりやすい」と言っても限度がある。子どもの頃は哲学の講義は斜め読みし、ストーリーを追っていた人も多いのではなかろうか。大人になって読み返したら、別の発見もあるだろう。この『ソフィーの世界』もミヒャエル・エンデの『はてしない物語』と同じく現実世界と本の中の世界という複層構造になっている。(林田力)
『ハリー・ポッター』オカルティズムが文学を豊かに
J.K.ローリングの『ハリー・ポッター』シリーズは、少年ハリー・ポッターの魔法使いとしての冒険や成長を描く。『ハリー・ポッターと賢者の石』から『ハリー・ポッターと死の秘宝』までの全7巻である。子どもの活字離れに歯止めをかけたベストセラーとして話題になった『ハリー・ポッター』の魅力は語り尽くされているため、ここでは異なる点を指摘する。それは土着の神話に因む架空生物や魔法などが多数登場する点である。厳格な唯一神信仰のキリスト教世界では土着の神話は長らく日陰者の扱いを受けてきた。しかし、神話の世界には文学のネタが豊穣である。『ハリー・ポッター』が堂々と取り上げたことは、一部の宗教界からは批判があるものの、文学の可能性を広げるものである。
『ハリー・ポッター』シリーズは映画も原作の雰囲気に忠実であるが、神話関連のネタは想像力で補いながら活字で読み進めることで味わい深くなる。特に日本語版では賛否両論あるものの、スネイプ先生が「吾輩」(原文はI)と話し、「inn」を「旅籠」、「writing desk」を「文机」とするなど古色蒼然とした感があり、古き魔法世界を堪能できる。これは魔法学校にアフリカ系の生徒がいるなど現代英国事情が反映された映画とは対照的である。好き嫌いは分かれるだろうが、日本語版には日本語版の魅力がある。(林田力)
園田康博政務官への福島原発汚染水の飲水要求の出発点
内閣府の園田康博政務官は10月31日に東京電力本店で開催された政府・東京電力の合同記者会見で、福島第1原発から出た汚染水を浄化した処理水を「飲んでも問題ないレベル」として、コップに入れた処理水を飲み干した。これはジャーナリストの寺澤有氏と田中昭氏からの「安全というならば飲んでみたらどうか」との要求が発端である。問題の汚染水は福島第1原発5、6号機に溜まっていた水である。津波で押し寄せた海水や亀裂から流入した地下水と見られる。この汚染水の浄化水を東京電力は「低濃度」であるとし、「樹木の自然発火を防ぐ」という名目で敷地内に散水している。これが果たして安全なことであるか、放射性物質を拡散させることにならないかという点が両氏の問題意識の出発点である。
田中氏は10日の東京電力の記者会見で、「福島第1原発を現地取材できないため、本当に『低濃度』であるか確認できない」として、「安全と言うならばコップに入れて飲んでみてはどうか」と迫った。この質問は13日の合同記者会見でも寺澤氏によって取り上げられ、園田政務官は「飲水する」と回答した。寺澤氏は本物の汚染水を飲んだことを示すために記者が同行する福島原発現地での飲水を提案したが、受け入れられなかったという経緯がある。
田中氏は「水の安全性を確認すること、情報の透明化を促進すること、情報の確度を上げること」が目的であり、東京電力に虚偽の発表をしにくくする効果があったと述べる。現実に汚染水に1991年の美浜原発の放射能漏れ事故でも検出されたトリチウムが含まれている事実が判明した。また、寺澤氏は園田康博政務官が飲んだ残りの水を受け取り、分析すると述べている。
この飲水問題ではフリーのジャーナリストが汚染水を飲むことを強く迫ったという点がクローズアップされ、両氏へのバッシング傾向もみられる。しかし、両氏としては13日の約束の履行を求める立場である。過去を水に流すことを是とする非歴史的な日本社会には時間の経過や状況の変化を理由に安易に前言が翻される傾向がある。しつこく追及した側を責めるのではなく、しつこく追及しなければ約束が守られない状況こそ非難されるべきである。(林田力)
マンション建設反対と公営住宅
マンション建設反対運動が公営住宅拡充を政策論として掲げることを提言する。一時ほど注目を集めなくなったが現在も各地でマンション建設反対運動が起きている。マンション建設反対運動への注目が低下した要因は不動産不況に負うところが大きく、住民運動を取り巻く状況が改善されたとは言い難い。かつて私は街づくりを志向するマンション建設反対運動に対し、住環境破壊は人権侵害と人権論での再構築を提言した(林田力「マンション建設反対運動は人権論で再構築を」PJニュース2011年6月17日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110617_1
ここでは人権論に立脚した政策論として公営住宅拡充を提言する。マンション建設反対運動に寄せられる最も痛切な批判は、需要があるからマンションが建設されるというものである。これに対して人権論は「住環境破壊は人権侵害であり、許されない」という近隣住民の人権で対抗する。どれほど経済的需要があろうとも絶対的な人権で否定する論理である。ここには論理的な強さがあるが、人権よりも経済の論理を優先する社会では弱い。
そこで需要が生まれる根本原因を解決する政策論として公営住宅拡充論がある。日本は持ち家信仰が過度に強いが、それは民間任せの賃貸市場が貧弱であるためである。廉価で良質な公営住宅が大量に供給されることで、分譲マンションへの需要を減少させられる。これは長期的にはマンション建築紛争の抑制になる。
マンション建設反対運動にとっては住環境を破壊する高層建築が問題であり、公営住宅であっても建物の態様によっては反対の対象になりうる。それ故にマンション建設反対運動が公営住宅拡充を掲げることへの疑問もあるだろう。しかし、公営住宅が本来の目的を果たすならば、高齢者など様々な住民に優しい建物でなければならず、低層中心になる。
公営住宅拡充はゼロゼロ物件や追い出し屋など賃貸住宅の問題でも根本的な対策になるものである。直近の課題は貧困ビジネスで搾取する悪質な業者の規制である。具体策として追い出し屋規制法案の成立が求められている。消費者に求められる対策としては、宅建業法違反で業務停止処分を受けたような問題のある業者とは契約しないことである。
しかし、根本的な問題は住宅供給を民間任せにする日本の住宅政策の貧困にあり、廉価な公営住宅の拡充が貧困ビジネスの撲滅になる。マンション建設反対運動が公営住宅拡充を掲げることは賃貸と分譲の問題を結び付け、運動の裾野を広げることになる。(林田力)

